裁判員裁判の心証と印象

あおのです。
すっかり夏になりました。
あおのは暑いの嫌いなのですが、夏の陽射しを木陰から見上げる感じとか蝉の音や空気の質感とか遠くまですっと通ってる青空の感じとかは大好きです。
でも、やっぱり真夏日に外を歩くのはしんどいので仕事のテンションは下がりますね。
きっと高原とか海辺とかで避暑をしながら仕事すると効率いいんだろうなー。

さて、夏といえばイベントシーズンですが、大変インドアな業界イベントとして、今年も模擬裁判・模擬評議の研修が実施されました。
これは東京にある3つの弁護士会が裁判員制度協議会という会議体を作っているのですが、協議会から近年は毎年この時期に行う弁護士向けの研修です。
あおのは協議会の委員をしており、今年は協議会の副座長も拝命して(押し付けられて?)いて、この研修をずっと運営者側で担当してきました。
弁護士が模擬裁判をして、一般市民の方に裁判員役になってもらって、本当の裁判員裁判と同じように模擬評議をして被告人の有罪無罪、有罪ならどのような刑に処するかを決めてもらうというものです。
実はこれ、業界の人間としてはめちゃくちゃ豪華なイベントで、刑事弁護人として業界の最前線で活躍する弁護士が検察官役や弁護人役をしつつ、裁判官役は裁判所にお願いして現役の裁判官にお越しいただき、また検察官役も現役の検察官にお越しいただいて、まさに本番さながらに行われています。
東京にいて、刑事弁護を志す弁護士の皆さんは参加必須のイベントです(宣伝)。

さて、そんなこのイベント、研修としてのその主眼は、我々弁護士が法廷で行う弁護活動が一般市民の裁判員の方々にはどう映るのかを理解し、今後の弁護活動に役立てるところにあります。
裁判員裁判では、裁判官3名と裁判員役6名が判断権者となり、法廷での検察官・弁護人の主張を聞き、証拠として物を見たり話を聞いたりします(数日に分けて、朝から晩まで行われることが多いです)。
公開の法廷での審理(証拠調べや当事者の主張)が終わると、裁判官と裁判員は評議室にこもって犯罪の有罪無罪と刑の重さについて議論をしますが、これまた数日間に及んで、安易な多数決ではなく、ある証拠が一定の評価ができるという意見があれば理由を掘り下げ、異なる意見とその理由をぶつけて議論を重ね、全員が自身の経験と常識(得てして人の経験と常識は異なります)を出し合うことで評議を行います。
そして、本来は評議は密室であり、どのような話がされたかは外部に漏れません。
そんな大事な評議はその秘密が漏れないためにどんな話し合いがされたかわからないので、我々弁護人の活動が一般市民の裁判員の方々にはどう映るのかきちんと検証するため、この研修では、本当は秘密の評議をカメラで撮影してリアルタイムで見ることができるのです。

今年も非常に活発な議論で大変勉強になったのですが、今年は、被告人のやったことは犯罪だが大きな被害があったわけではない、でも被告人は反省してないしまたやりそう、という場合に裁判員がどんな心証形成をするか(特に刑の重さ)を我々が学ぶという、大変興味深い内容になっていました。
人の刑の重さは、「誰がしたか」ではなく「何をしたか」が一番大事な要素です。
犯罪をした人によって刑の重さが違うと不公平ですし、人の人格を裁くものになってしまいます。
誰がしたものであったとしても、その行為が社会で非難される程度や危険性、被害の大きさなどで罪の重さが決められるのが公平であり、反省とかは二次的な要素として考えるということになります。
しかし、人間は「印象」に影響を受けますし、人を見て判断してしまうという部分が常にある生き物です。
それは我々も法律家も同じです(法廷ではそうならないよう訓練されている、と言われています)。
なので、人という要素の影響が大きくあることを前提にして、どうやったらきちんと行為を評価してもらえるか、人の要素をどのような評価に結び付けるかが、裁判員の「心証」を形成する過程に着目することが弁護活動でも頭を使うところになるわけです。

言うは易し行うは難しですが、やはり日々勉強ですね。
我々弁護士は、日々の学びを怠らず、クライアントの皆さまにより良い法律サービスを提供できるよう、皆んなが切磋琢磨しているわけですね。
まぁ、実際は事件の相談が来てから、テスト前を一夜漬けで乗り切るかのように、慌てて新しい分野を勉強したりするんですが(笑)。
ちなみに、クソ暑い中、通常業務の合間を縫って研修の企画と運営を(下っ端として)頑張ったあおのを誰か褒めてください!
弁護士 青野博晃