立憲主義と民主主義

あおのです。
そろそろ夏がやってきて、クーラーの効いた部屋から出るのが億劫になってます。
裁判所が事務所まで出張法廷してくれたりすると楽なのになー、とか思ったりします(笑)。

さてさて、最近は国会周辺が非常に騒がしくなってきていますが、昨今の報道などで「立憲主義」や「立憲主義的民主主義」という言葉を聞くことが多くなっています。
政治ネタには踏み込みませんが、今回は「立憲主義的民主主義」ってなぁに?というお話です。

多くの人々が同じ社会に住むためは、ルールを決めなければいけません。
物を買うときにはお金を払わなければいけないとか、借りたものは返さなきゃいけないとか、人を殺してはいけないとか、みんなが守らないといけない決まりを作ります。
これは、決まりがないと力の強い人がやりたい放題になるからです。
そのため、ある社会に属している人は、その社会におけるルールを守ることを社会と約束することで、その社会への帰属を許されます。
ルールを守らないとペナルティを受けたり、最悪の場合にはその社会から排除されることになり、そうやってルールを守らせて、社会の秩序を安定させて所属する人を守るわけです。

そうすると、どんなルールを作るかが大変重要になりますが、多くの人が所属する社会ではいろんな意見や利害関係が出て、ルール作りが大変です。
そのため、「最大多数の最大幸福」を探すことで、一部我慢しなければならない人が出てもやむを得ないよね、ということになっていきます。
その「最大多数の最大幸福」を探すために最もわかりやすいのは、最も多数になった意見をルールに採用すること、つまり多数決です。
しかし、一部の人に我慢してもらう部分が生じるわけですから、なるべく我慢が少なくなるよう、そして最も最大多数の人にとって最も良い選択となるようにするには、いきなり多数決をするわけにはいきません。
どんな選択肢があるか、利益を増やすまたは不利益を減らす更に良い方法はないか、などを話し合い、知恵を出し合って、最も良い選択肢を考え議論します。
そのような議論をし、少数派の人の意見を組み入れ不利益を考慮した上でなければ、我慢を強いられる人は納得がいきませんし、ルールを押し付けられるだけでは守ろうという気になりません。
そのため、民主主義では、みんなで決める(=最大多数の最大幸福)ために、みんなで議論し考えることが重要であり、また決められたルールはみんなが守らなければならないということになります。

他方、少数派は犠牲を強いられますが、民主的に決めさえすれば、どんな犠牲を払っても仕方ないとなるのでしょうか。
例えば、人口が増加しているので、「佐藤さん」に鬼ごっこをしてもらい、負けた佐藤さんは死んでしまうことで人口を減らすというルールを作ったとします(by「リアル鬼ごっこ」山田悠介 著)。
みんなで議論して選択肢を探し出し、多数決によって民主的に決められたルールです。
しかし、常識的に考えるとおそらく議論が間違っていただろうし、たとえ多数決でも佐藤さんが受ける不利益は甚大なものになります。
つまり民主主義の過程においては、議論が誤った方向にいってしまうことで間違った結論を出す危険性は排除できませんし(人が考える以上は当然)、最大多数の最大幸福のために少数派が極めて大きな犠牲を強いられることがあり得ます。
そのため、民主的に決める場合であっても、これだけは絶対守らなければいけないよ、というルールの上のルールを作り、多数派(=政府)を縛ることで、絶対に犠牲にされてはいけない利益を死守します。
これが憲法であり、民主主義が誤るおそれに備えた安全機構を設けることになります。
このような憲法を最上位の規範とし、一定のルールの枠を設けてその範囲で行われる民主的なルール作りを行う体制が立憲主義的民主主義ということになります。

新しく作りたいルール(=法律)が憲法に違反するなら、憲法が最上位の規範であるため法律は違憲無効とされます。
そのため、そのルールを成立させるためには憲法を改正しなければならなくなってくるわけです。
しかし、憲法はルールを作るための大元になるルールということになりますし、死守しなければならない利益を守っていますので、簡単に変えられるとこれまた社会が安定しません。
立憲主義的民主主義は先進国のほとんどで取り入れられている制度ですが、過半数で憲法を変えられるという簡単な変更手続きではなく、大多数の人が賛成しなければ(例えば2/3)変えられないという厳格な手続きを置いていることがほとんどです(硬性憲法といいます)。
そのため、憲法改正のハードルは高いわけですが、これは最上位のルールという性質上やむを得ないものです。
そうやって民主主義の根幹を守って、ひいては社会のルール作りをしているわけですね。

以上が立憲主義的民主主義のざっくりとした説明です。
これは、あおのが弁護士だから詳しいわけではありません。
実は、皆さんは知っているはずの話なんです。
中学校の公民の授業や高校の政経の授業で学ぶはずですから。
やっぱり、普段意識しない事柄だし、政治の仕組みとか縁遠いので、なかなか頭に定着しにくいですよね。
ちなみに、あおのは超文系ですので、サイン・コサインとかスイヘーリーベーとか、もう忘却の彼方です(笑)。

弁護士 青野博晃